※本記事は住宅情報WEBマガジンDaily Lives Niigataによる取材記事です。
担い手不足が深刻化する土木建設会社。リブランディングを始める
2022年8月。新潟市南区(旧白根市)戸頭にある日之出建材株式会社の新オフィスを訪れた。
日之出建材は今から61年前の1961年に創業した土木事業を行う会社で、ダンプトラック9台の他、バックホー、ブルドーザー、ホイールローダーといった工事車両を保有。道路工事をはじめとしたインフラ整備を事業の主軸としている。
代表取締役社長の兒玉朋弘さんは3代目で、今年の春に取締役から現職に就任した。
「僕はここに入る前は10年程アパレル業界で働いていて、30代になって父が経営する日之出建材に入りました。去年の年末に新しい事務所が完成しましたが、その前は敷地の奥の方に立っていたプレハブを事務所兼休憩スペースにしていたんです」と兒玉さん。
25年以上前に建てられたプレハブは夏暑く冬はとても寒かったという。しかし、兒玉さんがそれ以上に気にしていたのは、「見た目」に関心を持たず、そこにコストを掛けたがらない建設業界の文化だったという。
「アパレル業界は身なりやイメージが重視される業界でした。一方、建設業界は『事務所が稼ぐわけではない』という考え方があります。しかし、何十年も変革されることがなかったこの業界は、従業員の高齢化が進み、若者に敬遠され、担い手不足の問題が深刻化しています。そんな土木建設業のイメージを変えていかなければいけないと思ったんです」と兒玉さん。
そのリブランディングの一環として、2021年にロゴを刷新。
日之出建材のイニシャル「H」に、創業者である兒玉さんの祖父・兒玉三郎さんの「三」の字を図案化した三本ラインが入っている。
色は日之出建材のダンプカーのカラーリングである黄色と紺が選ばれた。
社名はそれまで明朝体の漢字表記だったが、ローマ字表記にすることでもイメージを変えている。
それに合わせてユニフォームも一新した。
さらに、イメージだけでなく、労働環境や給与体系の改善、福利厚生の充実を行い、社員のモチベーションアップにも取り組んでいる。
その中でオフィスの建て替えは、会社のイメージを変える上で大きな意義を持つプロジェクトとなった。
心地よい風を浴びながらタバコ休憩。コミュニケーションを生み出す通り土間
オフィスの建て替えを風間建築事務所の代表・風間広大さんに相談したのは2019年。風間さんが独立して間もない時期だったという。
二人は小・中・高校時代を共に過ごした同郷の友人でもあり、互いにその人柄や個性をよく知っていた。
「彼は昔からおしゃれで独特のセンスを持っていました。建設業のイメージを変えるために、事務所っぽくない事務所にしたいと思っていましたので、あれこれ細かい注文はせずに彼のセンスに任せることにしたんです」と兒玉さん。
風間さんは「僕も彼がアパレル業界で仕事をしてきて、きれいにおしゃれにしたいという強い想いがあるのを知っていました。その期待に応えられるように設計を行いました」と話す。
そして、完成したのが緩やかな屋根が架かる延床面積36.8坪の平屋の建物だった。
「ここで働いているのは自分も含めて19名。以前のプレハブより広くしたいと思いましたが、コミュニケーションを取りやすいオフィスにしたかったので2階建てではなく平屋を希望しました」と兒玉さん。
そんな平屋の建物で特徴的なのが、中央より少し右に見えるトンネル状の空間だ。
「日中現場に出ている作業員さんたちが夕方に戻ってきて休憩するためのスペースが必要ということでしたので、その空間を建物右手に設けたんです。左側には事務室・応接室・給湯室・トイレを設けており、その間を通り土間にしています。通り土間でも休憩しながらコミュニケーションが生まれるように計画したんです」と風間さん。
2.2m幅の通り土間の両端にはグレーチングを使った門扉が取り付けられており、風をよく通す。
中央にはタモ材のベンチがあり、そこでタバコを吸ったり飲み物を飲んだりしながらリラックスして過ごせるという。
「春や初夏はもちろん、真夏でも夕方になると風が通り抜けて気持ちいいんですよ」と兒玉さん。
兒玉さんのペットである大型犬(レオンベルガー)のリクくんが過ごす場所としても重宝しているという。
ベンチの向かいにある掃き出し窓の中は20畳の休憩室。
中央にはカポックの木が置かれ、それを囲むように焚き火用テーブルとベンチが配されている。
「以前のプレハブの休憩室はこの半分くらいの大きさでした。作業員さんたちが夕方に戻ってきて定時の17時まではそこに居るんですが、17時になるとみんなタイムカードを切ってすぐに帰っていたんです。今はタイムカードを切った後もゆっくりと同僚同士で話をしてから帰る人が増えましたね。自ずと違う現場に出ている人同士のコミュニケーションも活発に生まれるようになりました」と兒玉さん。
ラワン合板のフローリングが広がる玄関ホール
一方、事務所の玄関は建物左端にある。
建物周りに彩りを添えている植栽は、新潟市江南区嘉瀬の造園会社、スケープ株式会社によるもので、さまざまな樹種や大小の石は、外観に複雑味を加えるスパイスのような存在だ。
ガラス扉を開けると明るい玄関が広がっており、右手には風間さんがデザインした木製フレームが飾られている。
金網が張られたフレームには、植物が好きな兒玉さんのお母様が草花を挿し、ドライフラワーが彩るオブジェに仕立てている。
濃い色の床材は、12mm厚のラワン合板を細長くカットし、フローリング材のように“サネ(床材同士を連結させるための凹凸)”を付けたもの。ラワンの質感を損なわないように、オイル塗装(クリア)で仕上げている。
玄関ホールには低めの扉が設置されているが、こちらはペットのリクくんが玄関に出ないようにするためのゲート。リクくんのためののぞき窓も付いている。
そのすぐ先にある窓は、日之出建材のサブ的な事業である砂利販売の受付。
外から購入に来る業者はスムーズに声を掛けることができ、日之出建材側も対応しやすいレイアウトだ。
そして、そのすぐ隣は6.8畳の応接室。
以前は独立した応接室がなく、かしこまった話がしにくいという課題があったが、それも解決された。
観葉植物があふれるカフェライクなオフィス空間
この建物で最も広いスペースを占めるのが20.8畳の事務室だ。
床も天井もラワン合板で仕上げられており、天井のダクトレールからはインダストリアルテイストのペンダントライトや裸電球タイプのLED、スポットライトなどさまざまな照明器具が下がり、カフェのようなリラックスした雰囲気がつくられている。
東側には大きなFIX窓が連続しており、外の景色を眺めながら過ごせるのも風間さんらしい設計だ。風を通せるように両サイドにはすべり出し窓もしっかりと設けられている。
中央に置かれたデスクは鉄脚とラワン合板を組み合わせたもので、こちらも風間さんがデザイン。
いかにも事務所らしさを感じさせるような白やグレーのスチール製事務机は置かず、空間の広い面積を占めるデスクのトーンを床や天井とそろえることで、統一感のある空間に仕上げている。
さらに、窓辺にはベンチが造作されている。
「有名な建築家による『窓辺に心地よさが宿る』という言葉がありますが、窓辺でくつろいでほしいと思いベンチを設けました。ベンチは収納も兼ねているんですよ」(風間さん)。
また、逆サイドは大容量の可動棚になっており、仕事で使う書類や小物などをしっかりと格納。“事務所っぽさ”が出ないように、黒い整理ボックスでシックにまとめるなど、細部のデザインも整えられている。
棚やダクトレールなど室内の随所に散りばめられた観葉植物も心をほっと和ませてくれる存在だ。
事務室の裏手には給湯室とトイレが並んでおり、休憩室側から通り土間を通ってトイレに行くための裏動線もある。
給湯室の入口には風間さんが住宅でよく使うスウィングドアが設置されており、そんな遊び心あるデザインも土木建設業の旧来のイメージを変える一要素となっている。
事務所新築と合わせ敷地を整備。クリーンなイメージを目指す
「かつてのプレハブの事務所は敷地奥にあり、手前は無舗装の資材置き場になっていたんですよ。それで、お客さんが事務所を訪れるたびに、お客さんの車や靴が汚れてしまっていたんです」と兒玉さんは振り返る。
その頃は保有するダンプカーも汚れていて、近年のきれいな工事現場では悪目立ちすることもあったという。
今回の新事務所の建築に合わせて敷地手前をきれいに舗装し、車両を洗うスペースも新設したことで、清潔感も大幅にアップした。
道路工事や河川工事をはじめとしたインフラ整備は、世の中になくてはならない重要な仕事。しかし、その重要性とは裏腹に、担い手不足が業界全体の課題になっている。
アパレル業界で経験を積んで建設業界に入った兒玉さんは、そんな課題を客観視しながら、建設業を若手が希望を持って働ける環境に変えていきたいと願っている。
快適なオフィスや休憩スペースは、従業員の生産性やモチベーション、満足感に直結するものであり、対外的なイメージを変えていく力も持つ。
洗練されたオフィス建築は先進的な業界のためのものと思いがちだ。
しかし、変革が起こりにくい旧来からある業界こそ、さまざまな課題を建築で解決できる可能性を秘めているのかもしれない。
日之出建材 株式会社
住所/新潟市南区戸頭2877-2
延床面積 121.93㎡(36.88坪)
設計・施工 株式会社 風間建築事務所
写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平