※本記事は住宅情報WEBマガジンDaily Lives Niigataによる取材記事です。
元タクシー会社の車庫をトリミングサロンに
2022年7月に新潟市南区白根にオープンした『TIES dog grooming(タイズ ドッグ グルーミング)』。
こちらはオーナートリマーの兒玉あゆみさんが一人で運営するトリミングサロンで、旧白根市の昔ながらの住宅街に立っている。
元々はタクシー会社の車庫兼事務所だった鉄骨造の建物で、内部のほとんどが車両を置いておくスペースだった。
鉄骨造ならではの大空間を活かして、建物内左側に入れ子状の店舗を増築。2階ベランダ部分に木格子を取り付けることで建物の印象を刷新している。
「新潟市内の専門学校で技術を学び、20歳の頃からトリマーとして働いてきました。以前は秋葉区のトリミングサロンで働いていましたが、そのお店が今年の2月で閉店することが決まったため、独立して自分のお店を開くことにしたんです」と話すのは、オーナートリマーの兒玉あゆみさん。
新築をするか、既存の建物をリノベーションするか?風間建築事務所の代表・風間広大さんは、場所の選定をする段階から相談にのっていた。
「2021年の年末にご相談を受け、その時に『なるべく早めにお店をオープンしたい』というお話を聞きました。候補の一つだったこの建物を見た時に、傷んでいる部分もありましたが、雰囲気良くリノベーションできると思いましたね。この鉄骨倉庫のリノベーションであれば、新築するよりも工期を短縮でき、費用も抑えられることが想像できました」と風間さん。
3つのゾーンに分けられた、細長いサロン
建物が敷地いっぱいに建てられていたため、駐車場は建物内に設ける必要があった。
「この空間の中にサロンをレイアウトするにあたって、兒玉さんからは『奥にあると何の店か分かりにくいので、手前に配置してほしい』という要望を頂いていました。それで、サロンの建物を左側に配置し、右側を駐車スペースにしたんです」と風間さん。
サロンは手前から奥へと伸びており、間口はわずか2.3m。内部は3つのゾーンに分かれており、全て5.4畳と同じ大きさだ。
最も手前の部屋が全身カットを行うスペースで、壁には美容室のように大きな鏡も設置されている。
FIX窓が連なっているため、外から施術をする様子がよく見える。
「近くに小学校があり、下校時間になると子どもたちが見ていくんですよ。ガラス面を多くしてもらったことで、子どもたちにも楽しんでもらえる場所になりました」と兒玉さん。
一方、真ん中の部屋は高窓だけにして、あえて中が見えないようにしている。
「中央の部屋はシャンプーをしてドライヤーをかける場所なんです。ドライヤーを使っている時に毛が飛び散りますし、あまり外に見せる場所でもないため窓は小さめにして頂きました」(兒玉さん)。
外壁は風間さんが住宅でもよく採用している屋久島地杉。下見板張りにすることで奥行方向の広がりが強調されている。
建物に沿ってつくられたアプローチ横のちょっとしたスペースには石が敷かれ、さり気なく配された植栽がコンクリートブロックの無機質な印象をやわらげている。
こちらは新潟市江南区嘉瀬にある造園会社SCAPE(スケープ)がデザインしたもので、水やりは数日おきでいいのだそう。
そして、最も奥に見える部屋がエントランス兼ラウンジだ。
ちなみに上の写真の右手奥に見える白いドアの先はサンルーム。洗濯をしたタオルなどを乾かすスペースとして活用している。
2階に上がる階段は以前は現しになっていたが、今回の改築を機に、壁とドアが設けられた。
「2階部分を個別にテナント貸しするなど、切り分けて使えるようにしています」と風間さん。
階段を上がってみると、そこには鉄骨倉庫らしいガランとした大空間が広がっていた。
非断熱の空間のため、倉庫以外の用途でそのまま利用するのは難しいが、天井が高い無柱空間は、入れ子状の建築をつくることでオフィスや店舗として活用ができそうだし、週末のイベントなどにも利用できそうだ。
屋久島地杉の壁で仕上げられたエントランス
建物のレイアウトの都合から、お店の入口は手前ではなく奥に設けている。
新たにつくった基礎の高さに合わせて、入口前は一段上げ、タイル張りの床を新設。
屋久島地杉の壁の上では、お店のサインがスポットライトに照らされている。
さらに奥には白いドアが2つ並んでおり、左手はトイレ、右手はスタッフルームになっている。
元々あったトイレが老朽化していたことから、こちらもきれいにリフォーム。洗面台にカウンター、ペンダントライトや鏡など、細部まで美しく仕上げられた居心地のいいトイレが完成した。
サロンの入口ドアは風間さんがデザインしたオリジナル。ラワン合板に大きなペアガラスがはめ込まれており、取っ手には重厚感あるウォルナット材を使うなど、ディテールにもこだわりが見られる。
シンプルに品よくまとめられたラウンジ
ドアを開けると、そこは5.4畳のラウンジ。
造作のベンチが設けられており、こちらで受け付け、ヒアリング、ワンちゃんの受け渡しが行われる。
「爪切りや耳掃除など、単品メニューの場合はお客様がこちらでお待ちになることもありますが、シャンプーやカットなどを一通り行う場合は3時間ほどお時間を頂いています。予約制で対応しており、基本的には預けて頂くようにしています」(兒玉さん)。
飼い主がいない方が、犬も落ち着いて施術が受けられるのだという。
また、兒玉さんが一人で運営をしていることから、安全のため受け入れる犬の体重は15kgまでとしている。
コンパクトな空間をすっきりと保てるように、ベンチの下は収納スペースとして活用。
閉店後に掃除や消毒を行うため、衛生面や掃除のしやすさを考慮して床は全て塩ビシートを使っている。
引き戸を閉じて個室にできるシャンプー&ドライルーム
その次に続く部屋は、外から見えにくいシャンプー&ドライルーム。
ラウンジと同じ5.4畳の空間で、シャンプーをするためのステンレスシンク、トリミングテーブル、ケージ、ドライヤーが備えられている。
「それぞれの部屋を建具で区切れるようにしているのは、においや音を遮断するためです。広い空間だと犬も落ち着かないですし。ただ、区切っていながらも開放感が得られて、お客さんからも見えるように、建具や壁には窓を設けて頂きました」と兒玉さん。
上の写真のように、建具を閉じていても視線が抜けるようにデザインされている。
ちなみに、建具は全てラワン合板でつくったオリジナル。
取っ手のないシンプルな建具にはスリットが彫られており、そこに手を掛けて開閉できる。
見られることがいい緊張感に
そして、最も奥にある(と同時に道路から見ると最も手前にある)部屋が全身カットを行うための部屋。
2面の窓からたっぷりと光が注ぐ明るい空間には観葉植物やドライフラワーが飾られており、とても雰囲気がいい。
壁には風間さんがデザインした木枠ミラーが配されており、椅子を置けば美容室に見えそうだ。
「鏡は全体のバランスを見るために使っています。直接見るよりも鏡越しに見た方が確認がしやすいんですよ」と兒玉さん。
右手奥には外へと出られるガラスドアがあり、緊急時にはここからすぐに避難もできる。
ちょうどこの日預かっているワンちゃんのカットが始まった。
トリミングテーブルの上に立つワンちゃんの毛を、兒玉さんがシザーとコーム(クシ)を使い、手際よく整えていく。
明るく植物に囲まれたサロン内で、ワンちゃんがリラックスしながら気持ちよさそうに施術を受けている。
「大切な家族の一員をお預かりし、刃物を使って毛や爪を整えていくトリマーの仕事は、大きな責任感を伴うものですが、この空間は外からよく見えるので特に気が引き締まりますね。動線がよく考えられており、仕事中に無駄な動きがないですし、掃除もラクに行えます。ラウンジで作業をしている時に、ガラス越しに犬の様子が見えるのも安心できますね」と兒玉さん。
丁寧に犬と向き合うプライベートサロン
最後に、トリマーになったきっかけや、自身のお店を持ったことの感想を兒玉さんに伺った。
「小さい頃から家に犬と猫がいたため、私にとって動物と一緒の生活は普通のことだったんです。高校時代に進路を決める時、動物に関係する仕事に就きたいと漠然と考えていて、当時新潟市にできたばかりの国際ペットワールド専門学校に一期生として入学しました。
この仕事のやりがいは、犬としっかり向き合って施術を行い、飼い主さんに喜んで頂けることですね。随分前に規模の大きいお店で働いていたこともありましたが、その時は飼い主さんとゆっくり話ができないまま施術を行っていて、仕上がりに満足を頂けないこともありました。
その経験もあり、独立して始めたこのお店では飼い主さんから話を伺う時間をしっかり設けています。最初から最後まで私が一人で施術を行うことで犬も安心してくれますし、犬の性格も把握した上で仕事ができるのがいいですね。
まだお店を始めたばかりですが、しっかりと責任感を持ちながら、飼い主さんに喜んで頂けるように仕事に取り組んでいきたいです」(兒玉さん)。
鉄骨造の建物にトリミングサロンをつくるという、風間さんのキャリアの中でも特殊なケースとなった今回のプロジェクト。工事を終えた感想を伺った。
「冬の工事ということで、基礎はコンクリートを打設するのではなく、ブロックを利用しました。また、鉄骨造の建物の中ですが、断熱がされていない建物だったため、入れ子状につくったサロン部分の床・壁・天井の全てをしっかりと断熱しています。サロンの建物は元の壁にぴったりとくっついているわけではなく、鉄骨の柱の幅の分だけ離していたりと、鉄骨造に合わせた施工をしています。造作家具はタモやホワイトアッシュできれいに仕上げ、建具や窓枠はラワン合板の積層断面をデザインとして見せているのもポイントですね。傷んだトタンの壁と新たに張った杉板もうまく調和したと思います」(風間さん)。
ヒアリングを重ね、機能・デザイン・コストの最適解を求めてたどり着いた細長い建築。
建物を丸ごと直すのではなく、部分的に手を加える「入れ子」の発想により、新旧が融合した新しい空間が生まれた。
「空き家を活用してお店を開いたことを、町内会長さんにも喜んで頂けました」と兒玉さん。
頑強な鉄骨造の建物が持つ、幅広い可能性を感じさせるサロンがオープンした。
TIES dog grooming(タイズ ドッグ グルーミング)
住所/新潟市南区白根2290-9
インスタグラム:@ties_doggrooming
設計・施工 株式会社 風間建築事務所
写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平